2025年2月
2025年2月 · 2025/02/27
古新聞を束ねていたら目に入った”閉院のお知らせ”。まったく知らなかった。気仙沼の入沢と言う地区、坂の途中に建つこの医院は我が家にとって縁深いところ。5人家族の内、長男を除いた4人がこの医院の産湯に浸かっている。院長親子2代にわたり、その手に取っていただいた。小生が出生の昭和35年、この地は”気仙沼市釜の前”と言う現在とは異なる地名で母子手帳(震災で焼失)に記してあった。”釜の前”とは何とも取って付けたような、と言うか屋号のようだ。地名とされた”釜の前”の名をひも解けば、、当時、医院周辺ではカツオ節産業が活況を呈していたそうな。カツオを燻す前には炊く作業があるわけで、このカツオを炊く大きな釜が地名の由来になったと、亡き母から聞いた。産業が衰退するに伴い現在の”入沢”と、地名が変わったのだと思われる。。話は戻り、この医院の食事は、いわゆる病院食っぽくなく、ボリューム満点、実においしかったと記憶する。食の細いヨメちゃんは食べきれず、性根浅ましい小生が、もったいないと残りをいただいたものだった。....3.11震災では医院もご多分に洩れず、1階の中ほどまで浸水、出産に係る機材、備品のすべては使えるはずも無く、しばらくは休院となっていた。再開が果たせたのは、その後いつからだったのだろうか。。
2025年2月 · 2025/02/20
福井にいる二男が5,6年前にもなるだろうか、自身の腕時計を買い替えた際にもらった"G-SHOCK"。小生にはどうなのだろうか、年相応ではないようなデザインに、ちょっとはめる気にならず、ありがたく思いながらも、ずっとしまいっぱなしになっていた。ある日、探しものをしていたら、すっかり頭から消えていたその腕時計が、たまたま出てきた。またしまい込んだらそのままになるし、、と言うことで27才の三男にLINEで画像を送ってみた。「おぉ、かっけー!いるいる♪」聞けば質実倹約がモットーの三男。涙ぐましくも1,000円ほどの安腕時計をしているとのこと。有効活用できてよかった。一件落着はいいが、はたして動くのだろうか、、
2025年2月 · 2025/02/18
このところ雪が断続的に続いたおかげで愛車は見るに堪えない状態。天気が悪くても、あたりを見渡せばどの車もピカピカ。マメに洗車をする世の皆さんはエライ(...と言うか、それが当たり前なのだろうが)。小生的にはいちいち洗車したところで雨雪にたたられ、すぐさま汚れるとガッカリするので天候不順の間はちょっとガマン。都度、洗車場に行けばよいのだろうが、小生と言ったら生来のドケチ根性が抜けないため自前での洗車。始めるまでの準備と終わった後のかたずけが少々面倒であるが、そこはそこ。何と言っても金銭的には、やはり代えがたい。仕事場の水道は下水道が無いので水道代がとにかく安い。洗車にかかる水道代は、ザックリ見積もって30円程度かと。洗車場との費用対効果の差は歴然!~
2025年2月 · 2025/02/06
この時期、眼下の大川が俄然にぎやか。コォー、コォー、けたたましい鳴き声は朝の目覚まし代わりだ。。以前には、時に親子が連れ立ってパンくずをあげる微笑ましい姿や、時に白鳥をバックに写真を撮ったりする人たちがいたりと、そんな光景がよく見られていた。かく言う小生もその一人であったが。しかし2年前のこと、突然自治会から白鳥へエサをあげたり、むやみに近づいたりしないように。との”お達し”があり、直後には”禁止の立て看板”も設置された。なんでも川沿いの住民から市の方に苦情があったからだと言う。野鳥なので確かにエサやりについては賛否両論のあるところは理解しているものの、ちょっと残念な気持ちが無くも無い。
2025年2月 · 2025/02/02
年始めのコト第5話。東京在住の長男が正月休みで帰省した時の様子を少々。。彼は他愛も無いことでよく笑う。時に、口が裂けるのでなないかと思うほど腹を抱えて笑い転げる。あわせて横でヨメちゃんもいっしょになって大笑いする。そこには笑わない自分がひとりいる。ムスッとしている訳ではないが何もおかしいことは無いので笑いたくても笑えない。能面のように無表情でいる、その顔がおかしいとまた大笑いする。わざとの笑いでも免疫は上がると言われるがそこまでもしたいとは思わない、、せいぜいニヤッとする程度が精いっぱいなので笑いでも得られると言う免疫力の向上は不可能だ。蛇足ながら免疫に関しては日々、サプリメントを摂っているので気休めでもそれでヨシと言うことにしている。...さて、ここまで書いてふと思った。。はて、自分はこれまで生きてきた中で腹が痛くなるほど笑ったことがはたしてあるのだろうか。。走馬燈の如く、脳内で過去を巡ってみた、、、答えは『ノー』だ。無い!そう、無いのだ。命あるうちに一度でいいから腹が痛くなると言う笑いを切に経験してみたい、四文字熟語で言うところの『抱腹絶倒』ってやつ。─話が迷走した。。元い、思い起こせば長男が生まれたのは小生が31才の時、同じ時はとうに過ぎて彼は今や33才。わが子と言えども別人格、身の振り方は本人の心の持ちようと行動次第。なので、親が差し出がましくアレコレ言うのは無粋と言うもの。尽きない心配をしても仕方がない。心にかけながらも、つかず離れずのスタンス。親の立ち位置はそれでいい。加えて言えば、悩んだ時はこちらも無い知恵を絞り、助け舟を出すことができたらそれが一番かなと。